------------------  建物の性能設計


耐震強度偽装事件があってから、何時かこの様な質問があると思っていたのですが、以前設計したテナントビルに入居している上場会社からの問い合わせがありました。
「本社から、松本営業所の入居しているビルの耐震強度について訊ねられています。震度いくつまで大丈夫ですか?」

「震度いくつまで大丈夫か?」とても率直な質問なのですが、実は正確にお答えすることが出来ません。何故ならば、国土交通省の「建築基準法」は、気象庁で定めた「震度」との関係について、全く触れていないからです。
あれ以来同じような質問が多いのでしょう、ガードの固いお役所も、何らかの回答を用意せざるを得ず、国土交通省のホームページに「マンションの耐震性能等についてのQ&A」として、国土交通省の見解が示されていました。
「現行の耐震基準(新耐震基準)は昭和56年6月から適用されていますが、中規模の地震震度5強程度)に対しては、ほとんど損傷を生じず、極めて稀にしか発生しない大規模の地震震度6強から震度7程度)に対しても、人命に危害を及ぼすような倒壊等の被害を生じないことを目標としています。」(国土交通省のホームページより抜粋)


問い合わせの建物は、比較的揺れが大きくなりやすい鉄骨造のビルで、ガラスファサードのガラスの飛散や住環境の向上を考慮して、できるだけ建物の揺れが小さくなるように構造設計しました。建物の揺れに影響する「層間変形角」を1/400程度(基準値1/200以下)に押さえた結果、耐震診断指数(保有水平耐力比)は2.3(基準値1.0以上)で、建築基準法の求める安全性を十分に満たす建物になっています。(この保有水平耐力比が問題のマンションでは0.6とか0.7と報道されていた数値です。)この建物は、建築基準法基準値の倍以上の数値で設計しているのですが、建築基準法には基準値を上回る数値に対する段階的な性能基準は示されていません。「震度いくつまで大丈夫か?」という率直な問いには、国土交通省にならって「現行の耐震基準(新耐震基準)に準拠しており、震度7程度でも倒壊の被害が生じない、とご理解ください。」となんとも歯切れの悪いお答えになりました。

「震度いくつまで大丈夫か?」あるいは「震度7でも大丈夫な建物にせよ。」これは建物の性能設計です。一方、現行の確認申請は、震度7で倒壊しないことを念頭にした技術基準を審査するもので、性能を担保するものではありません。ここで両者の考え方の間には大きなズレがあります。
あのような事件がなければ、このような質問はなかったでしょう。建築確認申請制度の信頼性が失墜し、ユーザーの関心が、法律の遵守よりも「建物の性能設計」に向いたと考えられます。しかし、性能設計といっても実際には難しく、横揺れ・縦揺れ・直下型・固有周期など様々な地震のメカニズムを分析して建物の設計に置き換えることは至難の技で、しかも解析する人の主観によるところが大きいので、その解析の妥当性を審査するのにも膨大な時間がかかります。そうなると、建築家や技術者に求められる能力や責任が大きく、設計作業は膨大なものになり、設計料も現在の設計料では立ち行かなくなるのは容易に想像できます。ユーザー・設計者・お互いの負担を埋めるのが建築確認申請という審査制度なのですが、その信頼を裏切った事件はやはり大きな問題でした。
この様な流れの中で、国土交通省は、建築基準法の大前提となる「基準法が想定している建物の性能」をより明解に示す必要が求められています。合わせて、建築基準法の基準を上回る体系だった段階的な性能基準指針も必要かもしれません。

ところで、住宅の設計 「我々家族4人の為に、快適な住宅を考えてください。」 これって究極の性能設計ですね。