------------------  天長地久四海波静曲尺壱尺弐寸之水


「天長地久四海波静曲尺壱尺弐寸之水」

建物の棟上の際、建物の安全と家族の繁栄を願って書く文字です。「水」を草書体で書いて、最後を上に跳ね上げる独特な書き方です。一説によると、竜が水を吹上げている様子なのだとか・・・。(火事になっても竜が水を吐いて火を消すのだそうです。)
私の家の上棟では、一発勝負、棟木にまたがって棟木に直接書きました。棟木を据えた時に、字の頭が北にならない(北枕にならない)様に気をつけます。ぶっつけ本番も大変なので、近頃では前もって、手軽な大きさの棟札に書いて、上棟当日に棟木に添えるケースが多くなってきました。
今回は、お施主さんが板に書くことになりました。工務店が白墨で下書きした板を用意しました。板に筆字を書く機会など、めったに無いと思いますが、一生の記念にガンバッテください。


上棟の言葉書きには、「四海波静」「○○之水」など、海や水に関する言葉が使われています。古くから、家屋と船とは密接な関係にあり、棟木に書く文字も、「建物の棟上」よりもむしろ「船の進水式(船おろし)」に似合いそうな文言です。棟札も、頭を三角にして船の舳先をかたどった「舟形」をしています。
バックミンスター・フラーが絵本「テトラスクロール」で指摘していますが、東アジアの海洋民族にとって、屋根の起源は船で、船を逆さに伏せたものが建物の屋根です。それぞれの地域の船のデザインと屋根のデザインは、材料や技術において同じルーツを持っています。
日本では、木を材料に船大工や家大工の精緻な加工技術により船や家屋が造られました。「船おろし」や「上棟」では、「木」の材料に感謝して「木の霊・屋船久久能遅命」が祭られます。木を使って造った船や家から木霊を抜いて、自然界から人間の手に渡すのが、神事としての「船おろし」「上棟」の重要な意義です。
船と屋根・家屋の関係をたどっていくと、上棟式の餅まき・銭まきのルーツも船にありそうです。木造船の船おろしでは、海におろした船から陸に向かって餅まき・銭まきをします。下の写真は伝馬船の餅まきの様子ですが、一見すると只の荷揚げに見えます。この写真を見て確信しましたが、船を造る目的は貿易で、荷の陸揚げは貿易を象徴する風景です。船からの陸揚げの様子を儀式化して、餅まき・即ち豊富な物資の陸揚げ、銭まき・即ち多くの外貨の獲得を祈願したに違いありません。
(写真・伝馬船作りより)
神事では、お清めとして塩や酒を撒きますが、上棟に餅や銭を撒く理由がわからずにいました。上棟式の度にお施主さんから訪ねられますが「餅まきは幸せのおすそ分けです。建物完成までもうしばらくお騒がせしますが宜しく、という意味を込めて餅を撒きます。」とお茶を濁していました。餅は縁起物ですから、皆さんにお配りしても良いのですが、銭を撒くのは、どうにも理由が立ちません。
これは私の勝手な想像と解釈ですが、同じ木の神「屋船久久能遅命」を祭る「船おろし」のセレモニーを「上棟」に流用したのが、餅まき・銭まきの由来ではないでしょうか。「天長地久四海波静曲尺壱尺弐寸之水」も、元来「船おろし」の際に船に書いた文言を流用したのではないでしょうか。
いずれにしろ、家を建てるのは、人生の一大イベントですから、「良い船出を」という事で・・・。



ところで、「天長地久」「四海波静」の意味は読んで字のごとくですが、「曲尺壱尺弐寸之水」は恥ずかしながら全く意味がわからず、この機会に調べました。
曲尺壱尺弐寸の曲尺とは、大工さんの使う曲尺(かなじゃく・さしがね)のことです。
曲尺には表と裏があり、表目には、尺・寸が書いてあり、それを裏返した裏目には、丸目・角目などと共に、財・病・離・義・宮・劫・害・吉の文字が書いてあります。
表目で一尺二寸を押えて裏返すと、裏目には「吉」の文字があります!
曲尺壱尺弐寸」とは「吉」の謎かけでした。
「吉の水」(船おろしに縁起の良い水・海が静かで航海に適した状態と解釈するのでしょうか?)を「曲尺壱尺弐寸之水」と謎掛けするのは、いかにも粋な大工の言い回しです。

(イラスト・三条鍛冶の技より)

注記)  「天長地久四海波静曲尺弐寸之水」と書く流儀もあります。
日常的に「一尺二寸」の一を省略して「尺二寸」と言う事があります。この場合「曲尺尺弐寸之水」となって訳が分からなくなってしまうので、重なっている尺を省略し「曲尺弐寸之水」とする工務店や大工さんもあるようです。この場合も「吉」の謎かけの意味は変わりません。