-----コンバージョンの難しさ・・・松本・旧勧銀ビル

この頃、建築の世界では、歴史ある建物を保存しつつ、新たな機能を与えて、現代に活きた建築として、保存活用するコンバージョンが盛んです。松本市でも、旧制松本高校の校舎が、あがたの森公民館として木造校舎のまま活用されています。元の建物の使用形体に近く、公共事業として行っているので、理想的な形で保存活用されています。




一昨年、私が保存活用運動に関わっていた、松本市・旧勧銀ビルも、色々な保存活用の案が浮かんでは消えする中で、結婚式場とホテルという形で、保存活用されることになり、今日、オープンを間近に控えた建物を見学する機会がありました。

旧勧銀ビルが結婚式場としてコンバージョンされ、その横に8階建てのホテル棟が建っています。旧勧銀ビルの脇に建った、8階建ての高層棟のホテルの是非については、多くの意見があり、保存にかかわった人の総意ではありませんでした。ここでは、あえてその是非については触れません。



今回コンバージョンされた結婚式場は、今はやりの、ゴージャスでセレブリティーな・・・とでも形容するような雰囲気の内装で化粧されていました。実際に、そんな雰囲気の結婚式場を望む方も多く、週末の結婚式予約は1年先まで一杯だそうです。古い歴史ある建築が、再び活用されるのは嬉しいことですが、そこに多少の疑問が残りました。
この結婚式場をつくるのに、なにも旧勧銀ビルでなくても良かったんじゃないの?
きょう見学した結婚式場は、旧勧銀ビルに合わせてデザインしたのではなく、結婚式の企画運営会社のやりたいことを、旧勧銀ビルに詰め込んだという印象でした。これでしたら、高い吹き抜けの天井高さえあれば、窓の全くない四角い建物の中にデザインする事も可能です。結婚式の演出の為に、せっかくの優美な形の窓に不釣り合いなバランスと遮光カーテンをぶら下げているのですから、むしろ、旧勧銀ビルでないほうが良かったとさえ思えます。

旧勧銀ビルの設計者は明らかではありませんが、第一勧業銀行と関係があった渡辺節が、そのデザインに関わっていたのでは・・・と想像できるような、端正で優美な建築です。渡辺節は、ウィーン・ゼツェッションに強く影響を受けた日本の分離派を代表する建築家です。
 
左:ウィーン郵便貯金局 右:アム・シュタインホフ教会 写真は、「ウィーン今昔物語」より

もし、私が、このビルをコンバージョンするとしたら、オットー・ワーグナーウィーン郵便貯金局アム・シュタインホフ教会、あるいは、オルブリッヒの分離派会館などを手本として、工業と手仕事の融合をテーマとした、ゼツェッションの考えを徹底的に研究して、そのデザインを考えたでしょう。旧勧銀ビルをリスペクトして、建物のコンセプトを大切にしてデザインしたら、今回コンバージョンされた結婚式場とは、全く違う、端正で軽やかな結婚式場がデザインできた筈です。シャンデリアにしても、アム・シュタインホフ教会のシャンデリアは、ユーゲントシュティールで、ブドウの房をイメージさせるような優美で軽やかなシャンデリアです。




勿論、結婚式場の企画・運営には、多くのノウハウがあり、予約状況の好調が、企画・デザインの正しさ物語っている・・・と言われれば、それまでです。
しかし、例えば、楽曲をカバーする場合・・・オリジナルアーティストとその楽曲をリスペクトして、そこに自分なりの解釈を加え、新たに、魅力的な曲に仕上げます。楽曲をカバーする場合、そこにあるのは、オリジナル曲とオリジナルアーティストに対する愛情と尊敬です。建築のコンバージョンも同じことではないでしょうか?
コンバージョンに関わる人が、その建物を愛しリスペクトできるかが大切です。
しかし、建築の場合、そこには大規模な資本と商業的成功の確信が必要で、多くの人の利害と思惑が交錯し、建築に対するリスペクトだけでは片付かない問題があります。今日の旧勧銀ビルを見学して、そんなコンバージョンの難しさを感じました。