------------------  道州制


今日の新聞に、道州制の分割案が出ていました。それによると・・・13または11道州案では、長野県は北関東に属し、埼玉、茨城、栃木、群馬、長野がひとつの地方になり、9道州案では、新潟、茨城、栃木、群馬、長野が北関東信越となります。

(地方制度調査会の区割り案・・・11月6日・信濃毎日新聞より)


中央集権から地方の時代へ移行する基盤造りなのだそうですが・・・。いかにも、霞ヶ関の中央官僚が考えそうな案で、明らかに、上から俯瞰して考え、地方の成り立ちを無視しています。人口や面積や核都市を統計で考え、さいたま市を核としてコンパスで円を描けば、北関東という考えが成り立つでしょうが、地方や都市が成り立つ背景となる、歴史や文化を全く考えていません。歴史を考えれば、上杉謙信武田信玄が、信濃の国を領土にしようと争ったように「甲信越」がひとつの括りですし、経済面からも、中京経済圏の木曽の人たちにとっては、さいたま市は全く関係ない場所です。関東平野のど真ん中に生活する人に、北信濃の過疎化した村の豪雪対策を訴えても他人事です。文化は交通や谷筋・川筋で伝わりますから、いくつもの山を隔てた松本と筑波では全く接点がありません。私には、松本と筑波が同じ行政圏だと言われても、納得はおろか理解さえ出来ません。もし、本当に北関東という行政圏を考えるのならば、いくつもトンネルを造って、松本と筑波を短時間で結ぶ基盤整備が必要ですが、そんなことはナンセンスでしょう。
さいたま市は東京のベットタウンとして多くの人口を抱えているだけで、大阪や仙台・福岡・金沢と肩を並べるような、地方文化や経済の求心力を持っていませんから、それを核にして、一地方を形作ろうとしても成立するはずがありません。「○○だじ。」「○○ずら。」と「○○だっぺ。」を「今日から同じ地方です。」としても誰の理解も得られません。中央官僚には、「だじ」も「ずら」も「だっぺ」も関係ないのでしょうが、地方には共通した歴史・文化的背景・経済・生活が存在し、それが地方がひとつにまとまる、動機であり最大の目的です。そこに何らかの「同じ事情」がなければ、地方が地方としてまとまる事はありえません。(余談ですが、私の事務所に住宅設計を依頼される方に、複数のお子さんや大家族の方が多いのは、私に同じ事情を感じているのかも知れません。)
スペインがわかりやすい例ですが、バルセロナを中心にして地中海の自由な気風のカタルーニャ地方、セビリアグラナダに代表されるアラブ文化の影響が色濃いアンダルシア地方、フランス国境・ネバダ山脈と大西洋に面してロマネスクの雰囲気を残すバスク地方、というように、文化と政治経済が一体となって、地方を形作っています。(スペインはそれ故に、国としては難しい時代もありましたが・・・。)
かつて戦国時代、日本にも地方分権はありました。道州制を考える上で、戦国時代に学ばないのは何故でしょうか。中央官僚の考える行政区分よりも、戦国武将の国盗物語の方が、現代においても文化・経済・生活に即しているように思います。お仕着せの道州制ではなく、(スペインの様に)地方の自立が負の要素として働くことも踏まえた上で、地方に自立の欲求がなければ意味がありません。ネットなどがコミュニケーションの手段となっている現在では、地方性が希薄になっていると錯覚しやすいのですが、自分の足で動き・目にするものにしか現実はありませんから、現在でも地方の現実や文化は存在しています。
「地方の時代」を説くとしたら、霞ヶ関の理屈や統計により道州に区割りするのではなく、歴史・文化・経済・生活を尊重して地方をまとめる事を考えるべきなのだと思います。たとえ結果が同じになるにしても、区割り=分割と、まとめるとは、その発想において対極にあります。